内容紹介
『論語』は、古代中国の思想家・教育家・孔子(前551?〜前479?)とその門人や周辺の人々の言行を記録した書物。今なお東アジア、ひいては欧米にも大きな影響を与えており、格言として知られる名句も多くありますが、決して教訓一辺倒の堅苦しい書物ではなく、そこで繰り返し説かれているのは、“思いやり・まごころ・ゆるす心・ゆずる心・まごころ・うそをつかない・すじを通す”など、いつの世にも大切なことばかりなのです。
また、“優等生になれないならば、向こう見ずな情熱や、妥協しない頑固さを持ちたまえ”、“何もしないよりは、賭け事でもしたほうがよい”など、意表を突く発言もかなりあり、さらには、孔子自身の迷いや疲れも、ときに告白されています。
本居宣長が「聖人と 人は言へども 聖人の 類(たぐひ)ならめや 孔子はよき人」と詠んでいるのは、『論語』からうかがわれる孔子の特色をよく示しています。
収録内容
〈学而第一〉
『論語』全二十篇の篇名(学而〔がくじ〕第一〜堯曰〔ぎょうえつ〕第二十)は、
篇中の最初の章句の中の二字(ときに三字)を取ってつけられています。したがって
往々にして便宜的なもので、その篇の内容を概括したものではありません。
この〈学而第一〉は『論語』全二十篇の最初に位置し、学ぶ者にとって大切な、根
本的な心の持ち方を述べた章句が多く収められています。全体として孔子の教えの入
り口であり、修養の土台となる内容になっています。
全十六章の章句からなり、「学習」「孝悌」「巧言令色」「三省」「切磋琢磨」などの熟語や、「過(あやま)つては則ち改むるに憚(はばか)ること勿(なか)れ」「礼の用は和を貴(たふと)しと為す」などの名句を含んでいます。
〈為政第二〉
二十四の章句からなります。人はまず「学」によって自分をみがき、そのうえで社会
のために活動するということで、修養の次の段階として「為政」(政〈まつりごと〉を
為す)に関する章句を収めたものでしょう。「思ひ邪(よこしま)無し」「志学・而立
(じりつ)・不惑・知命・耳順(じじゅん)・従心(しょうしん)」「温故知新」などの成句や、「君子は器(き)ならず」「義を見て為さざるは勇無きなり」などの名句が現れます。
〈八佾(はちいつ)第三〉
二十六の章句からなり、大部分は〈礼楽〉のことを述べています。人間関係を調節し、円滑にする〈礼〉(礼儀・エチケット)と、人の心をやわらげ楽しませる〈楽〉(音楽)は、儒教が大切にする二つの柱でした。「告朔(こくさく)の餼羊(きよう)」「人にして不仁ならば礼を如何(いかん)、人にして不仁ならば楽(がく)を如何」「美を尽せり、又 善を尽せり」などの名句が含まれます。
儒教の政治上の理想は〈徳治主義〉です。これは、徳、つまり“人が後天的に身につけるべき、人の善い行いのもとになる心がまえや行動”をよく修め、自分をしっかりさせたうえで世の役に立とうとする考え方。法律や規則など、外側から人の心や活動を規制し、方向づけようとするものは、儒教では第一のよりどころにはしません。
〈里仁第四〉
全二十六の章句からなり、始めの七章は〈仁〉について、ほかはおおむね〈学〉につ
いて述べています。「朝(あした)に道を聞けば、夕べに死すとも可なり」「夫子(ふうし)の道は忠恕(ちゅうじょ)のみ」「父母在(いま)せば遠く遊ばず」「父母の年は知らざる可(べ)からざるなり」「徳は孤ならず」などの名句が含まれます。
〈公冶長(こうやちょう)第五〉
全二十七章句。大部分は古今の人物についての評論になっています。「道行われず。桴(いかだ)に乗つて海に浮ばん」「回や 一を聞いて以て十を知る」「下問を恥ぢず」などの名句が含まれます。
〈雍也(ようや)第六〉
全二十八章句。その前半は前の〈公冶長第五〉と同様、人物評論になっています。
後半では他の篇と同様、孔子自身の語や、門人との問答を記録しています。
「学を好めり。怒りを遷(うつ)さず、過(あやま)ちを弐(ふたた)びせず」
「斯(こ)の人にして斯の病有るや」「一箪(いったん)の食(し)、一瓢(いっぴ
ょう)の飲、陋巷(ろうこう)に在り」「行くに径(こみち)に由らず」「文質彬彬
(ぶんしつひんぴん)」「人の生くるや直」「博文約礼」などの名句が含まれます。
〈述而(じゅつじ)第七〉
全三十七章句。孔子が自分の心がまえを述懐した語を収め、またさまざまな場での孔子の容貌・動作について記録しています。
「啓発」「暴虎馮河」(ぼうこひょうが)「怪力乱神」「三人行けば必ず我が師有り」「仁 遠からんや」「君子は坦(たん)として蕩蕩(とうとう)たり」「威(ゐ)あつて猛(たけ)からず」などの名句を含みます。
〈泰伯第八〉
全二十一章句。うち十六章は孔子の語を、後の五章は孔子の門人のうち最も若い
世代に属する曽子(そうし)の語を記録しています。
「戦戦兢兢(せんせんきょうきょう)」「薄氷を履(ふ)むが如し」「人の将(まさ)に死せんとするとき、其の語や好し」「弘毅」「間然すること無し」などの名句を含みます。
〈子罕(しかん)第九〉
全三十章句。述而篇と同様、孔子が自分について述べた語や、その言行を記録した
ものが多く見られます。
「之を沽(う)らんかな、之を沽らんかな」「逝(ゆ)く者は斯(か)くの如きかな。昼夜を舎(お)かず」「我 未だ徳を好むこと 色を好むが如き者を見ざるなり」「後世(こうせい)畏(おそ)る可し」「歳(とし)寒うして 然る後(のち)に松柏(しようはく)の 凋(しぼ)むに後(おく)るるを知る」などの名句があります。
〈郷党(きょうとう)第十〉
孔子の日常生活、その起居動作から衣服・食生活にいたるまで描写し、記録してい
ます。さまざまな場における孔子の言葉やふるまいをていねいに書きとめることによっ
て、孔子のいわば全体像を伝えようとしたものでしょう。
「食(し)は精(せい)を厭(いと)はず、膾(くわい)は細を厭はず」「惟(た)だ酒は量無し。乱に及ばず」
〈先進第十一〉
『論語』全二十編は〈学而第一〉から〈郷党第二十〉までを「上論」、〈先進第十一〉から〈堯曰第二十〉までを「下論」と呼びます。本編〈先進第十一〉から『論語』は下編に入ることになります。
この先進篇は全二十五章からなり、主として門人たちに対する孔子の批評や、人との問答を記録しています。章中、「顔回といふ者有り、楽を好めり」「噫(ああ)、天 予(われ)を喪(ほろ)ぼせり」「未だ生を知らず、焉(いづく)んぞ死を知らん」「過ぎたるは猶ほ及ばざるが如し」などの名句が含まれます。
〈顔淵第十二〉
全二十四章。「仁」「君子」「明」「政」など、特定の概念について孔子が語った内容を多く記録しています。
「君子は人の美を成す」「政は正なり」「人を愛す」「君子は文を以て友を会し、友を以て仁を輔く」などの名句があります。
〈子路第十三〉
全三十章。内容は、303〜319の十七章は政治への取り組みについて述べ、つづく320〜330で取り組む際の心がまえを述べ、最後の331〜332では民衆に接する注意点について述べています。
「父は子の為に隠し、子は父の為に隠す。仁 其の中(うち)に在り」「言 必ず信、行ひ必ず果、こうこう(こう=石篇に「徑」の旁)然として小人なるかな」「剛毅朴訥(ごうきぼくとつ)仁に近し」などの名句があります。
〈憲問第十四〉
全四十七章。この章は門人の原憲(げんけん)によって記録されたと伝えられます。神話のなかの人物を含め、古(いにしえ)の偉人がしばしば登場し、また隠者の孔子評も含まれるのが特色と言えます。
「利を見ては義を思ふ」「徳を以て徳に酬(むく)ゆ」「下学して上達す」などの名句があります。
〈衛霊公第十五〉
全四十一章。すべて孔子の語で、君子(一人前の人)の生き方について述べられた名句が多くあります。
「人 遠き慮(おもんぱか)り無ければ、必ず近き憂ひ有り」「吾 未だ徳を好むこと 色を好むが如くなる者を見ざるなり」「過ちを改めざる、之を過ちと謂(い)ふ」「教へ有つて類無し」などの名句があります。
〈季氏第十六〉
全四十一章。この編は全編「子曰く」ではなく「孔子曰く」で始まり、また人や
物事を箇条書きに並べるなど、内容や書法が他の章とやや異なっており、編集・
伝承の事情が他と異なるのではないかという説もあります。
「益者三友、損者三友」「益者三楽(ごう)、損者三楽(ごう)」「君子 三戒(さんかい)有り」「生まれながらにして之(これ)を知る者は上なり」「得を見ては義を思ふ」「善を見ては及ばざるが如くす」などの名句があります。
〈陽貨第十七〉
全二十六章。そのうち、有力な臣下が政治を私物化したことを述べたものが三章、
「性」(生まれつき)について述べたものが三章あり、その他は学問や行いについて
警告する内容のものです。
「性 相近きなり。習ひ 相遠きなり」「鶏(にわとり)を割くに焉(いづく)んぞ
牛刀を用ひん」、また“六言六弊”(りくげんりくへい)“道聴塗説”(どうちょうとせつ)という成語のもとになった名句が含まれます。
〈微子第十八〉
ほかの章のように「子曰く」で始まる章が全くなく、古今の人物に対する孔子の批評
や、孔子をめぐる人物たち、とくに隠者と呼ばれる人々についての逸話を含みます。 「吾 斯(こ)の人の徒と与(とも)にするに非ずして、誰(たれ)とか与にせん」
「可も無く 不可も無し」「故旧 大故無ければ則ち棄てず」などの名句があります。
〈子張第十九〉
この章は全編、孔子の門人たちの語になっています。子張の語に始まり、子張と子夏
の門人との対話、子夏の語、子夏と子張との対話、子夏の語、子夏と子張との対話、子
游の語、子夏と子游の対話、子游の語、と続いてゆきます。
「得(う)るを見ては義を思ふ」「博(ひろ)く学んで篤(あつ)く志し、切に問う
て遠く思ふ。仁 其の中(うち)に在り」「小人の過(あやま)つや、必ず文(かざ)る」「是(ここ)を以て君子は下流に居(を)ることを悪(にく)む」などの名句があります。
〈堯曰(ぎょうえつ)第二十〉
全三章から成り、第一章は伝説上の古(いにしえ)の聖王、堯・舜(しゅん)・禹(う)・成王の語を集録したもの。長文ですが、孔子の語ではありません。
第二章も長文で、子張の問いに答えて、孔子が民に対する政治家の姿勢と、政治家自身の心がけについて述べたもの。「五美を尊び 四悪(しあく)を屛(しりぞ)く」ことが説かれます。
最後の第三章は、人にとって大切な三つのもの、すなわち“天命”・“礼”・“言語”についての孔子の語で、これをもって『論語』全体を結んでいます。
講師:宇野直人(うの・なおと)
昭和二十九年、東京生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了、文学博士。現在、共立女子大学国際学部教授。著書に『中国古典詩歌の手法と言語』(研文出版)『漢詩の歴史』(東方出版)『漢詩の事典』(共著、大修館書店)など。平成十九年、NHKラジオ「古典講読――漢詩」講師、平成二十年より同「漢詩をよむ」講師。
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