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●はじめに
品格という言葉がブームになる前から、実は色々なところでこの言葉を使ってきた。
それは、この言葉以外にそれを表わす単語が日本語には見当たらないからで、
この言葉を使わないときは、「正しい精神と、すべき行動とが伴った上で香り立つ、
人間的魅力」と書かなければならない。
品格それ自体は新しい言葉でもないし、辞典にも当然のように載っている。
だが、昨今のようにこれが取り沙汰されるのは、やはり今日の日本に品格を
感じさせる人士が少なくなってきているからだろう。どこにでも見られる存在であるなら、
あらためて品格を声高に叫ぶ必要はないからである。
だから、品格と仰々しく書き並べなければならないのは不幸な時代、ということになろう。
そして人々はどうやら、そう思っているようである。残念なことだが。
〜中略〜
品格、という表現には孤高の人士のイメージがあるが、
畢竟(ひっきょう)その心の奥にあるのは、自分がどれだけ
お国のためになっているか、という思いではないのか。
お国とは、自分たちの家族であり、共有する地域であり、
大事にしている国柄である。
軍国主義に冒されていた、不幸な時代に使われ過ぎたことで、
お国のためという言葉は拒否反応の対象となるものになってしまった。
だが、自分が育った土地やコミュニティが嫌いな人はいないはずだ。
自分を育んでくれた場所や地域に愛着のない人はいない、と思う。
『人間の品格』という、大風呂敷な響きを持つタイトルにしたのも、
そういうわけで決して照れているわけではなく、本音である。
要するに、日本人のあるべき姿を提示したかったのと、
そういう奇特な方々を紹介したかったのだ。あなたたちの住む
この日本という国は、これでなかなかの人士を発見できるところなのですよ、と。
●もくじ
第一章 渡邉美樹〜自信と品格
第二章 岡野雅行〜職人の品格
第三章 孫 正義〜情熱と品格
第四章 稲盛和夫〜真っ当さと品格
第五章 緒方貞子〜血脈と品格
第六章 白洲次郎〜プリンシプルと品格
第七章 安岡正篤〜賢者の品格
第八章 池波正太郎〜男の魅力と品格
第九章 藤沢周平〜清冽さと品格
第十章 吉田 茂〜大宰相と品格
●「第一章 渡邉美樹〜自信と品格」より
■教師との軋轢〜人間観察力、洞察力を育てる■
環境という要素を考えるとき、そこには環境が育む資質も
加えられるべきだろう。これは、遺伝にも関わってくるのだが、
もって生まれた遺伝的資質と、それを伸ばすためにある環境というのが、
この際重要になってくる。
渡邉美樹は小中高と、優等生で通してきたという。それは現在の渡邉の様子
を見ても想像できる。いかにも目から鼻にぬけるような少年だったに違いない。
教室で、先生が、朝の挨拶で、今日は暑いなと言う。すると、すっと立ち上がって
寒暖計を覗き込み、二十八度です。と言うような少年だったのではないか。
これは筆者の実体験で、そういう同級生がいたのだ。だがそのような利発な
子どもにありがちな、好き嫌いの感情が、渡邉には人一倍強かったようだ。
そのことで、しなくてよい苦労をしている。担任教師との軋轢である。
黙ってただ勉強してくれる生徒が、手が掛からなくてよいと考えている先生
にとって、渡邉のような存在は、大いに扱いにくかったはずだ。
だがそういう摩擦を少年期にいくつも経験したことで、渡邉独自の人間観察力、
洞察力が備わることになった。経営者にとって人を見る目は重大な才能だが、
こう表現している。「実力のある経営者、ビジネスマンほど、人を見る能力に
優れているものだからです。そうした人は、相手の力量を見抜くのにおそらく
三十分とかかりません」
だから自分を磨くことが大切だ、というのである。経営者として大勢の
社員を率いる渡邉美樹にとって、これは何よりも重要な能力だろう。
そしてこの人を見抜く能力が、渡邉の特質である自信に繋がっていく。
渡邉美樹は自信を品格に昇華させた男である。
著者紹介
馬場 啓一
1948年、福岡県生まれ。早稲田大学法学部卒業。CMディレクターを経て、作家・エッセイストに。流通経済大学教授として、「現代文章論」「日本文化論」を教えている。主な著書に『池波正太郎が通った「店」』(いそっぷ社)、『池波正太郎が通った味―京都・大阪・名古屋・中部編』(夏目書房)、『大人の男の作法』(PHP研究所)、『華屋与兵衛謎の生涯』(夏目書房)『スペンサーの料理』(早川書房)などがある。
※本商品は「人間の品格」(こう書房刊 馬場啓一著 ISBN:978-4-7696-0945-2 240頁 1,470円(税込))をオーディオ化したものです。
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