内容紹介
あっしの洋行の土産話ですか。 イヤハヤどうも……あんまり古い事なんで忘れちゃいましたよ。何なら御勘弁願いたいもんで……ただもうビックリして面喰めんくらって、生命からがら逃げて帰けえって来たダケのお話でゲスから……。 ……ヘエ……あの話。あの話と申しますと? ヘエ。世界が丸いお蔭で、あっしが腸詰になり損なった話……。
うわあ。こいつあ驚いた。誰からお聞きになったんで。ヘエ。あの植木屋の六から……弱ったなあドウも。飛んでもねえ秘密をバラしやがって……アイツのお饒舌と来た日にゃ手が附けらんねえ。死んだ親父から聞きやがったんだナ畜生……誰にも話したこたあねえのに……。
それじゃそのガリガリの一件から世界のマン丸いわけが、わかったてえお話を冒頭からやって見やすかね……ガリガリてなあ人間を豚や犬とゴッチャにして腸詰にする器械の音なんで……ヘエ。亜米利加に今でも在る。旦那様も御存じ……ヘエヘエ……そのガリガリの中へあっしが這入損そこねたお話なんでゲスからアンマリ気持のいいお話じゃ御座んせん。亜米利加では人を殺すとアトがわからねえように腸詰めにしちまうんだそうですからね……。
1904年。アメリカのセントルイスで開催される万国博覧会に、当時27歳の腕のいい大工の治吉は、植民地であった台湾館の建設へ派遣される。
開幕後も入り口に立ち、客寄せを行っていると、目玉の烏龍茶を給仕する娘二人、チイチイとフイフイから色目を使われるようになる。
ある夜、若さ故から春吉は、そのうちの一人チイチイと会場を抜け出し、連れられていくがままある館に到着する・・・。
グロテスクなタイトルとテーマから、ホラー・スプラッターものの小説をイメージしてしまうが、本作の最大の特徴は、その語り口と、オチの付け方であろう。
一見するとグロ"そう"で気持ち悪"そう"な話だが、グロい。気持ち悪い。で終わらせない、なんともモヤモヤした、オチで、強烈なテーマを中和する語り口。
本当に気持ち悪いのは、直接的な描写か。説明できない「世界が真ん丸いわけ」か・・・。
CONTENTS
一: 大工の春吉が青年時代に万国博覧会のために洋行したアメリカで遭遇した不思議な話を語り始める。しかし、春吉や大工連中は慣れない船旅で気がめいってしまう。同行していた藤村学士は天草女を見習えと諭すが・・・。
二: いざアメリカはセントルイスに無事到着した春吉は、その見込まれた腕前で、素晴らしい台湾館の建築を成功させる。開幕後も現地で客寄せの文句を連呼し、連日盛況に一役買っていた。
若き大工の春吉は、給仕の娘が気になって仕方がない。そんな折、給仕の娘のうちの二人、チイチイとフイフイがあろうことか、春吉に色目を使い出す・・・。
三: 春吉はある夜。チイチイに連れられるがまま禁止されていた博覧会場を抜け出してしまう。どこかでしっぽりとと着いていった先は、表はレコード屋。 奥に進むと豪勢な部屋が並ぶ不思議な屋敷だった。
四: 豪勢な部屋に一人取り残された春吉の前に、出し抜けに現れたアメリカ人紳士「カント・デック」。チイチイとの情交を期待していた春吉に、彼は春吉の腕を見込んでとある頼みごとをしてくるのだった。
五: なかなか頼みを聞き入れない春吉に、デックはあの手この手で春吉を了承させようとするが。
六: 「じゃぱん、がばめん、ふおるもさ、ううろんち、わんかぷ、てんせんす。かみんかみん」聴きなれた文句が気絶した春吉の耳に聞えてきた。春吉の救出劇が始まった。
七: 無事救出された春吉は日本への帰路に着く。船旅は平和に進んでいた。「世界の丸っこい道理」は紙袋の中でひっそりと開かれるのを待っていたのだが・・・。
編集者からひと言
落語のような一人称語りで進められる本作は、明治・大正の作家、夢野久作によって書かれた禍々しく、時にコミカルな不思議な世界である。
日常の中に非日常的世界の入り口を匂わす世界観は、江戸川乱歩、HP・ラヴ・クラフトなどにも通じ、倒錯した世界に踏み込んでしまいそうになる醸成された雰囲気がある。
SF作家、探偵小説家、幻想文学作家として人気を博した夢野久作の世界観をラジオドラマ風に再現しました。
夢野久作(ゆめの・きゅうさく)
日本の小説家、SF作家、探偵小説家、幻想文学作家。 1889年(明治22年)1月4日 - 1936年(昭和11年)3月11日。
他の筆名に海若藍平、香倶土三鳥など。現在では、夢久、夢Qなどと呼ばれることもある。福岡県福岡市出身。日本探偵小説三大奇書の一つに数えられる畢生の奇書『ドグラ・マグラ』をはじめ、怪奇色と幻想性の色濃い作風で名高い。またホラー的な作品もある。
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