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金融業界の人々を痛烈に風刺したウォール街の名作
昔々のものがたり。 一行がウォール街にほど近いバッテリーパークへやって来ると、ガイドのひとりが停泊中のすばらしいヨットの数々を指さして言った。 「ごらんください。あそこに並ぶヨットは、みな銀行家やブローカーのものですよ」 気のきかない田舎者がこう聞いた。 「お客のヨットはどこに?」 このジョークは、投資の世界ではリターンが不確実であるのに対して、コストが確実にあることを的確に象徴したものだ。そして、著者シュエッドが本書で明らかにした金融業界の本質は、今も昔も変わらない。 目次
まえがき
第一章 序文――「二流詩人の遠慮がちな咳払い」
第二章 金融家と占い師
第三章 顧客たち―このたくましい種族
第四章 投資信託会社―期待と成績
第五章 空売り屋―腹黒いやつら
第六章 プットにコールにストラドル、そしてガーガー
第七章 古き「よき」時代と「偉大なる」指導者たち
第八章 投資――多数の質問と少々の回答
第九章 改革―その数年と異論 著者について 監修者まえがき
「お客のヨットはどこにある?(Where Are the Customers' Yachts?)」 まず、このいっぷう風変わりな本書原題の由来について、冒頭にある短いエッセイをお読みいただきたい。 というよりも、何をおいても(この「まえがき」を読むことを中止しても)、このウォール街に伝わるという古いジョークをお読みいただきたい。 本書が書かれたのは一九四〇年だ。著者フレッド・シュエッド・ジュニアが、ユーモラスに、そして独特のシニシズムをもって描いているのは、三〇年代のウォール街を取り巻く人々の姿である。 三〇年代のウォール街は、二九年の大暴落を経て、幾多の改革が進行していた。法改正、監視機関の設置、証券分析手法の進化などである。本書に描かれているのは、そこにうずまく欲望と恐怖に翻弄される、数知れぬ投資家と業者の人間ドラマだ。 著者は、人々のあがきの姿から、証券市場が抱える構造的真実に迫っている。 あらゆる証券リターンの源泉は、企業が生み出す付加価値に帰する。ところが、投資家がそのリターンをそのまま受け取るわけではない。投資家が得るリターンは、その付加価値から業者が受け取る金額を差し引いたものである。しかも、その業者が介在することで証券のリターンが高まるとはかぎらない。 今日の証券市場は、少なくとも表面的には、当時とは比較にならないほど整備されている。しかし、その底流に流れる本書のメッセージは、単に「昔話」ではすまない真実がある。 ヨットの逸話は、リターンは予測不能だが、コストは確実にかかるものであること、そして、そのコストは業者の手元に残り、それが彼らの富の源泉になっていることを読者に気づかせてくれる。 インデックス投信の創始者、ジョン・ボーグルも『波瀾の時代の幸福論』(武田ランダムハウスジャパン)のなかで「金融市場から生まれるグロス(名目)リターンから金融システムにかかるコストを差し引いたものが、投資家が実際に得るネット(実質)リターンに等しい」と述べた。 つまり「投資家は、投資という巨額のコストがかかる食物連鎖の底辺に置かれて、食い物にされる」と同様のことを指摘しているわけだ。個人投資家に適切な指針を与えるという意味で言えば、本書はかの名著『ウォール街のランダム・ウォーカー』(バートン・マルキール著、日本経済新聞出版社)の先駆的な存在であるということもできよう。 私自身が本書に出合ったのは、二〇〇五年に個人投資家向けの投資教育会社を創業したころ、出張先のサンフランシスコの本屋だった。すでにこの小話は幾度となく耳にしていたので「やっと見つけた」という思いで、気持ちが高揚したのを覚えている。 私は常々、日本の個人が投資をするときの最大の問題点は「“販売会社の影響力”が、運用会社に対しても、そして投資家に対しても大きすぎることにある」と思っていた。まさに、この本に書かれているようなことである。 以来、セミナーでは何回もこの話をさせてもらっている。 今日、我々を取り巻く社会・経済環境は変わってしまった。もはや、自分の将来を国任せ、会社任せにしてはいられない。「将来の自分はいまの自分が支える」ほかないのが現実である。 将来の生活リスクを回避するためには、長い時間をかけて、資産を適切に運用していく必要がある。そのときに重要なのが、誰かに勧められたものを買うのではなく「自分が最高責任者となって、司令塔になる」という姿勢だ。 本書が主張しているのも、業者任せではなく「自分で判断する」ということである。いくら業者に推奨されようが、結局、その成果は投資家自身に降りかかるのだ。 自分の将来を守るための投資に、深い専門知識はいらない。投資に関する「きほんのき」のみで十分だ。 ただし、同時に、証券市場と業界の構造に潜む真実を理解することが必須である。 ウィリアム・バーンスタインの名著『投資「4つの黄金則」』(ソフトバンククリエイティブ)でも、投資で成功するために学ぶべき分野として、理論、歴史、心理に加えて、業界構造の理解を挙げている。 これは、ともすれば従来、無視されてきた分野である。だが本書は、その気づきを与えてくれる格好のテキストだ。 七〇年の時を経て、この名著が日本語に訳されることは意義深い。そして、いま、私は二つの感慨を覚えている。 ひとつは、この本が日本に上陸するまでに七〇年もの時を要したということである。なにやら、ようやく黒船が到着したような気さえする。 もうひとつは、米国を中心とした業界構図への感慨である。もちろん、これまで幾多の改革があったのを否定するつもりはない。だが、七〇年を経てもなお、相変わらず「懲りない面々」が跋扈しているように思えるのは、私だけではあるまい。 いま、長期低迷相場に悩まされる日本で、この本の翻訳を出すという企画を取り上げた出版社の見識に敬意を表したい。また、丁寧に翻訳された関岡孝平氏に心から感謝したい。この本の指摘することこそ、日本の株式市場が輝きを取り戻すためのもっとも抜本的な条件であろう。 本当の市場復活は、個人投資家の自立から始まると私は思う。 読者のみなさまには「お客のヨットはどこにある?」という短いフレーズに、何度も思索をめぐらしていただきたい。資産運用を行ううえで貴重な、実践的な知識を得られること請け合いである。 この本が、日本でも長く、多くの人に読まれ、証券市場の真実に気づき、自らが「投資の司令塔」になることの大切さを実感していただけることを期待してやまない。 二〇一〇年一一月 岡本 和久 著者紹介
フレッド・シュエッド・ジュニア 訳者紹介
関岡孝平(せきおか・こうへい) 監修者紹介
岡本和久(おかもと・かずひさ) |
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