内容紹介
南北朝時代の琵琶法師・覚一(かくいち)が1371年に完成させたといわれる覚一本を、割愛することなく原文のまますべて収録しています。
治承元年五月五日、天台座主明雲大僧正、公請を停止せらるるうへ、
蔵人を御使にて如意輪の御本尊を召しかへいて、御持僧を改易せらる。
(巻第二・座主流)
巻第二 収録内容
巻第二は、治承元年(1177年)の出来事を描く。比叡山の座主明雲に異例の沙汰が下る一方で、鹿の谷の陰謀が発覚し、首謀者は捕えられ、それぞれ処罰されていく。
後白河院は明雲座主に配流を命じるが、山門の僧たちに阻まれる。平家の威光をおそれた多田行綱の密告で鹿の谷の陰謀が露見し、清盛は迅速に首謀者たちを捕える。厳しい処罰を断行しようとする清盛を、嫡男重盛は懸命にいさめる。清盛の弟教盛も陰謀に関わった娘婿の助命を乞う。後白河院は幽閉を免れたが、西光法師は斬られ、藤原成親は配流のち処刑、俊寛・康頼・成経は鬼界が島に流される。
01 座主流(ざすながし)
西光(さいこう)法師の讒言により後白河院は比叡山の座主明雲(めいうん)に配流の沙汰を下す。明雲は都から追い立てられる。激怒した山門の僧たちは集結して策を練る。
02 一行阿闍梨之沙汰(いちぎょうあじゃりのさた)
山門の僧たちは十禅師権現の託宣に力を得て、配流途中の明雲を奪い返し、東塔の南谷にかくまった。唐の一行阿闍梨が配流されたように、尊い人物でも一時の不運にみまわれることがある。
03 西光被斬(さいこうがきられ)
多田蔵人行綱(ゆきつな)はひそかに清盛の邸に出向き、鹿の谷の平家討伐の計画を密告する。清盛はただちに首謀者たちを捕える。西光法師は捕えられてなお清盛に悪口雑言を吐き、無惨に処刑された。
04 小教訓(こぎょうくん)
清盛は捕えた藤原成親(なりちか)を激しく責め立てるが、嫡男重盛(しげもり)は清盛に成親の助命を嘆願する。成親の妻は子を連れて雲林院に逃れた。
05 少将乞請(しょうしょうこいうけ)
成親の子成経(なりつね)も清盛に捕えられたが、清盛の弟教盛(のりもり)は、娘婿である成経の身柄を預かりたいと清盛に懇願する。教盛に預けられた成経はしきりに父成親の身を案ずる。
06 教訓状(きょうくんじょう)
清盛は後白河院を幽閉しようとし、自らも武装して出陣の準備をする。重盛は清盛邸にかけつけ、涙ながらに朝廷への恩を説き、清盛をいさめる。
07 烽火之沙汰(ほうかのさた)
重盛の懸命の説得を受け、清盛は後白河院への報復を断念する。自邸に戻った重盛が武士を招集すると、多くの武士が駆けつけた。重盛は烽火の沙汰の故事を語り、武士たちに変わらぬ忠誠を求めた。
08 大納言流罪(だいなごんるざい)
成親は死罪を免れ、備前の児島に流される。以前、成親は山門と争い、処罰されるところを後白河院のとりなしで事なきを得たが、その報いが今になって現れたと嘆くのであった。
09 阿古屋之松(あこやのまつ)
成経は召喚され、備中に流される。備前と備中の境にいる父成親を思い、その距離はいかほどかと問うが役人は真実を言わない。阿古屋の松の話を引き合いに、もとは一国である備前備中の距離は近いはずであるのにと成経は嘆いた。
10 大納言死去(だいなごんのしきょ)
子成経が俊寛・康頼とともに鬼界が島に流されたと聞いた成親は出家する。成親の妻に手紙を託された忠臣の信俊(のぶとし)は成親と再会を果たすが、成親は死を覚悟しており、そののち惨殺された。
11 徳大寺厳島詣(とくだいじのいつくしまもうで)
役職につけず鬱屈としていた徳大寺の実貞卿(しっていのきょう)は、重兼(しげかぬ)に勧められ、清盛が篤く信仰する厳島神社を参拝し、願をかける。それを聞いた清盛は感激し、身内を退け、実貞卿を左大将にした。
12 山門滅亡 堂衆合戦(さんもんめつぼう どうじゅかっせん)
後白河院は三井寺で灌頂(かんじょう)の儀式をしようとするが、山門の僧たちの反対にあい、天王寺で行った。山門では、学生(がくしょう)と堂衆(どうじゅ)の対立が激しくなる。清盛は官軍を送り学生に加勢するが、堂衆の悪党たちに敗れてしまう。
13 山門滅亡(さんもんめつぼう)
山門はすっかり荒れ果てて、山にとどまる僧もおらず、修行も行われなくなった。印度・中国・日本の仏法はすでに衰退し、この天台の仏法も滅びようとしている。
14 善光寺炎上(ぜんこうじえんしょう)
そのころ善光寺も焼失した。本尊は天竺・百済伝来の霊像であった。多くの霊寺・霊山が滅びるのは平氏滅亡の前兆かと人々は噂した。
15 康頼祝言(やすよりのっと)
鬼界が島に流された三人のうち、康頼と成経は熊野信仰が深く、島に熊野権現を勧請するが、不信心の俊寛は何もしなかった。出家した康頼は祝言を奏上し、帰京を祈った。
16 卒都婆流(そとばながし)
康頼と成経はともに吉兆の夢を見る。康頼は千本の卒都婆を作り、二首の歌を書いて海に流す。そのうちの一本が厳島に流れ着き、都に伝えられ、人々の心を動かした。
17 蘇武(そぶ)
都の人々は康頼の歌を口ずさんだ。昔、漢の蘇武は故国に捕らわれたが雁に手紙を託して漢に戻ることができたという話がある。いずれも流人の切なる思いが届いた例である。
作者・成立
作者未詳。『徒然草』に、平家物語の作者は信濃前司行長(しなののぜんじゆきなが)という記述があるが、確証はなく異説も多い。
成立は十三世紀初めごろ。琵琶法師の平曲によって全国に広まったため、巻数や内容の差異があるさまざまな異本が伝わる。当初は三巻本であったが、十二巻本に増補され、さらに灌頂巻(かんじょうのまき)が加わった覚一本が現在ではよく知られている。覚一本は、琵琶の名手・覚一(かくいち)が1371年に完成させたものといわれる。
朗読:岡崎 弥保(おかざき・みほ)
俳優・語り手。
東京女子大学卒業、同大学院修了(日本古典文学専攻)。言葉の力に魅せられ、編集者を経て、俳優・語り手に。演劇・語りの舞台に数多く出演。2010年朗読コンクール優勝(NPO日本朗読文化協会主催)。俳句「藍生」(黒田杏子主宰)会員。『源氏物語』全五十四帖(与謝野晶子訳)の朗読CDをはじめ、「おくのほそ道」「にほんむかしばなし」「小泉八雲怪談集」「ひろしまのピカ」「夏の花」等、収録多数。
●公式サイト「言の葉」http://ohimikazako.wix.com/kotonoha/
|