内容紹介
南北朝時代の琵琶法師・覚一(かくいち)が1371年に完成させたといわれる覚一本を、割愛することなく原文のまますべて収録しています。
治承二年正月一日、院の御所には拝礼おこなはれて、四日朝覲の行幸ありけり。
(巻第三・赦文)
巻第三 収録内容
巻第三は、治承二年(1178年)から治承三年(1179年)を描く。平清盛の娘・徳子が皇子を出産するが、長男・重盛が亡くなり、後白河法皇は鳥羽殿に幽閉される。
中宮徳子が懐妊し、安産祈願のため、鬼界が島の流人に恩赦が出され、成経少将と康頼入道は帰還する。しかし、俊寛だけは許されず島に一人残され、不運な最期を遂げた。徳子は無事皇子を出産し、清盛は天皇の外戚となる。しかし、清盛の暴政を何度もいさめてきた長男・重盛が亡くなり、平家一門に不吉な兆候が現れ始める。清盛はついに後白河法皇を鳥羽にある城南離宮に幽閉してしまう。
01 赦文(ゆるしぶみ)
中宮徳子(とくこ)が懐妊する。安産を祈願し、平家に恨みをもつ怨霊をなだめるため、大規模な恩赦が行われる。鬼界が島に流された成経(なりつね)少将と康頼(やすより)入道も赦免され、ゆるし文が下されるが、その中に俊寛(しゅんかん)の名はなかった。
02 足摺(あしずり)
鬼界が島の俊寛は自分の名がゆるし文に書かれていないことを知り、愕然とする。成経と康頼は召還を喜び、一人残される俊寛をなだめて船に乗る。俊寛は必死で取りすがり足摺をして叫び続けるが、船は無情にも行ってしまう。
03 御産(ごさん)
中宮徳子の安産祈願には、後白河法皇みずからの加持祈禱もなされ、無事に皇子が誕生した(のちの安徳天皇)。清盛(きよもり)は皇子誕生に涙を流して喜んだ。
04 公卿揃(くぎょうぞろえ)
皇子の乳母には時忠(ときただ)の妻が選ばれた。清盛は喜びのあまり、後白河法皇に過分な贈り物を捧げる。この出産にあたって不吉な兆候がいくつも見られたが、清盛邸には、多くの公卿が出産の祝いに駆けつけた。
05 大塔建立(だいとうこんりゅう)
平家の皇子誕生は厳島信仰のご利益による。かつて清盛が高野の大塔を修理した時に、厳島を修理せよとのご託宣を受け、そのとおりにしたところ、大明神から小長刀を授かるが、悪行があれば栄華は子孫にまで及ばないとも告げられた。
06 頼豪(らいごう)
白河院在位の時、頼豪という僧が祈禱によって皇子を誕生させた。その褒美として白河院に望みを聞かれた頼豪は三井寺の戒壇建立を要求したが許されず、飲食を絶ち餓死して四歳の皇子をとり殺した。のちに別の僧の祈禱によって、新たに皇子が生まれ、東宮に立った。
07 少将都帰(しょうしょうみやこがえり)
成経と康頼は都に帰る途中、備前国にある成親(なりちか)の墓を弔い、また鳥羽の成親の山荘を訪れ、故人を偲んだ。その後、成経は帰京し、妻子と再会を果たす。康頼は東山双林寺に落ちつき、のちに「宝物集」を書いた。
08 有王(ありおう)
俊寛に幼いころから仕えていた侍童の有王は、俊寛の娘の手紙を持って、鬼界が島に渡る。島を探し回った末、やせ衰えて変わり果てた俊寛にようやく出会う。そのあわれなさまは現世の罪の報いと思われた。
09 僧都死去(そうずしきょ)
有王から一家のありさまを聞いた俊寛は生きる希望を失い、食を断ち臨終正念を祈ってその生涯を閉じた。俊寛の娘は悲しみ、出家する。有王も俊寛の遺骨を首にかけて諸国を巡り、仏道修行に専心した。
10 飈(つじかぜ)
京中に辻風が吹き、家が倒れ、多くの人畜が死んだ。占いには百日以内に天下の大事があり、戦乱が続くと出た。
11 医師問答(いしもんどう)
重盛(しげもり)は熊野に参詣し、父清盛の暴政で栄華が一代限りならば自分の命を縮めよと祈った。願いが叶い、病床に伏した重盛は、宋の名医にかかることも国の恥として拒み、ついに亡くなった。
12 無文(むもん)
重盛は生前、春日明神が清盛の首を取る夢をみて平家の行く末を悟る。清盛に先立つことを予見して、嫡子・維盛(これもり)に大臣葬に用いる無文の太刀を渡す。
13 灯炉之沙汰(とうろのさた)
重盛は東山に四十八間の御堂を建て、四十八の灯籠をかけ、毎月に盛大に大念仏を催した。人は重盛を灯籠大臣と呼んだ。
14 金渡(かねわたし)
平家一門の滅亡を予見した重盛は、子孫に供養を期待することはできないと考え、金三千両を宋の育王山(いおうさん)に寄進し、自分の後世を弔うよう取りはからった。
15 法印問答(ほういんもんどう)
大きな地震が起こり、不吉とされた。福原にいた清盛は突然、大軍を率いて上京する。驚いた後白河法皇は静憲(じょうけん)法印を使者に立て、事の次第を尋ねる。清盛は朝廷への恨みを多々述べるが、静憲法印は平静にふるまい、相応の返答をして退出した。
16 大臣流罪(だいじんるざい)
清盛は数多くの公卿を解任、追放した。関白基房(もとふさ)は出家して備前国にとどめられた。太政大臣師長(もろなが)は配所の尾張熱田宮で琵琶を奏し、神の感応を得た。
17 行隆之沙汰(ゆきたかのさた)
前関白基房の侍、江大夫判官遠成(とおなり)の一族も清盛に攻められて滅んだ。一方、困窮していた前左少弁行隆(ゆきたか)はにわかに清盛に取り立てられ、一時の栄華を得る。
18 法皇被流(ほうおうながされ)
平家の軍は院の御所を包囲し、後白河法皇は鳥羽殿に幽閉された。静憲法印は鳥羽殿を訪ね、後白河法皇を慰める。高倉天皇は心痛で寝所に引きこもってしまう。
19 城南之離宮(せいなんのりきゅう)
高倉天皇は出家を望むが、後白河法皇はそれを制する。都で思うままに政権を動かした清盛は福原へ戻っていった。後白河法皇は鳥羽の城南の離宮で冬を過ごし、そのまま寂しく新年を迎える。
作者・成立
作者未詳。『徒然草』に、平家物語の作者は信濃前司行長(しなののぜんじゆきなが)という記述があるが、確証はなく異説も多い。
成立は十三世紀初めごろ。琵琶法師の平曲によって全国に広まったため、巻数や内容の差異があるさまざまな異本が伝わる。当初は三巻本であったが、十二巻本に増補され、さらに灌頂巻(かんじょうのまき)が加わった覚一本が現在ではよく知られている。覚一本は、琵琶の名手・覚一(かくいち)が1371年に完成させたものといわれる。
朗読:岡崎 弥保(おかざき・みほ)
俳優・語り手。
東京女子大学卒業、同大学院修了(日本古典文学専攻)。言葉の力に魅せられ、編集者を経て、俳優・語り手に。演劇・語りの舞台に数多く出演。2010年朗読コンクール優勝(NPO日本朗読文化協会主催)。俳句「藍生」(黒田杏子主宰)会員。『源氏物語』全五十四帖(与謝野晶子訳)の朗読CDをはじめ、「おくのほそ道」「にほんむかしばなし」「小泉八雲怪談集」「ひろしまのピカ」「夏の花」等、収録多数。
●公式サイト「言の葉」http://ohimikazako.wix.com/kotonoha/
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