内容紹介
怪談文芸の大家としても知られた田中貢太郎が二十年の歳月を費やして蒐集した
怪異恐怖記録の集大成 全187話を収録
私が最初に怪談に筆をつけたのは、大正七年であった。それは『魚の妖・蟲の怪』と云う、中央公論に載せたもので、『岩魚の怪』と『蠅供養』の二つからなっていた。
ところで、幸か不幸か、其の怪談の評判がよかったので、彼方此方から怪談を頼まれるようになって、長い間怪談ばかり書いた。それは私が支那の怪談が好きで、晉唐小説六十種、剪燈新話、聊齋志異などと云うような物を手あたりしだいに読んでいた関係から、怪談に特殊な興味を覚えていたことも原因しているのであろう……
田中貢太郎が「日本怪談全集」の序文でこう語っています。天下の奇書にして怪奇文学の最高峰として知られる『聊斎志異』などの翻訳も手掛け、「怪談」にこだわり続けた田中が、二十年にわたって日本の怪談を集めたものが日本怪談全集です。
「四谷怪談」
元禄年間のこと。四谷左門殿町に御先手組の同心を勤めている田宮又左衛門と云う者が住んでいた。その又左衛門は眼が悪くて勤めに不自由をするので、娘のお岩に婿養子をして隠居したいと思っていたが、そのお岩は疱瘡に罹って顔は皮が剥けて渋紙を張ったようになり、右の眼に星が出来て、髪も縮れて醜い顔になってしまった。
お岩が二十一の時、又座衛門は亡くなった。そこで又左衛門の友人たちが相談して、お岩に婿養子をして又左衛門の跡目を相続させようとしたが、なにしろお岩の姿を気にして養子になろうと云う者がない。
ようやく伊右衛門と云う摂州の浪人が候補に見つかった。彼は三十俵二人扶持の地位欲しさに婿入りを了承するのだが、お岩の二目と見られぬ容貌に驚き、次第に嫌悪するようになっていったのだった……
「貧乏神物語」
文政四年の夏。番町に住む旗本の用人は、主家の費用をこしらえに、下総にある知行所に往っていた。主家はここ近年不運に見舞われ、困窮していたのである。用人が歩き歩き火打石を打って火を出し、それで煙草を点けて吸いながらちょと自分の右側を見た時であった。 「どうか火を貸しておくれ」 と、一人の旅僧が近寄ってきた。用人が火を貸すと、旅僧は越谷に向かっているのだという。どこから旅に出たのかを尋ねると、
「わしかね、わしは番町の――の邸から来たものだ」 という。それは用人の仕えている主家であり、主家の名を騙っているこの旅僧の正体を暴いてやろうと用人は息巻くのだが……
「山の怪」
土佐長岡郡の奥に本山と云う処がある。その本山に吉延と云う谷があって、其処には猪や鹿などの大きな獣がいるので、猟師をやっている者で其処へ眼をつけない者はなかったが、その谷には時々不思議なことがあるので、気の弱い者は避けて行かなかった。
冬の初めであった。半兵衛と云う猟師は鉄砲を持って吉延の谷へ行った。彼は多年の経験から獣の通って行きそうな場所に罠を仕掛け、傍の岩の陰へ腰をおろして肩にしていた鉄砲を立て掛け、静かに煙草を喫いながら獣の来るのを待っていた。
しばらくすると大きな山ミミズが罠に触れたが、動かなくなった山ミミズを通りかかった蛙が呑み込み、更に通りかかった蛇が蛙をひと呑みにした。これを見て半兵衛は気味が悪くなったが、そこに猪が現れ、蛇をひと呑みにした。ようやく待ち望んだ獲物を前に、半兵衛は鉄砲を構えるのだが……
収録作品
Disc1
魔王物語
岩魚の怪
警察署長
雨夜草紙
雀の宮物語
水面に浮んだ女
蛾
山寺の怪
指環
雪の夜の怪
人蔘の精
悪僧
一握の髪の毛
死人の手
仙術修業
猫の踊
村の怪談
雨夜続志
青い紐
馬の顔
神仙河野久
立山の亡者宿
鼓の音
這って来る紐
長者
飛行機に乗る怪しい紳士
築地の川獺
終電車に乗る妖婆
黒い蝶
雀が森の怪異
参宮がえり
とんだ屋の客
海嘯のあと
宇賀長者物語
頼朝の最後
怪人の眼
赤い花
あかんぼの首
地獄の使
尼になった老婆
岐阜提灯
花の咲く比
牡蠣船
宝蔵の短刀
蠅供養
蟹の怪
累物語
竈の中の顔
一緒に歩く亡霊
切支丹転び
法衣
車屋の小供
薬指の曲り
港の妖婦
女の首
庭の怪
Disc2
女の怪異
怪僧
妖怪記
人面瘡物語
料理番と婢の姿
黄灯
ある神主の話
雷の死刑
文妖伝
河獺
鍛冶の母
幽霊の自筆
黒い蛙
萌黄色の茎
怪しき旅僧
墓の血
蛇の木
八人みさきの話
狐の手帳
提灯
妖影
鷲
貧窮問答
藍瓶
放生津物語
道中安全の煙管
怪談覚帳
海異志
虫採り
貧乏神物語
不動像の行方
白っぽい洋服
忘恩
赤い鳥と白い鳥
蛇性の婬
女の姿
藍微塵の衣服
鬼熊一代記
白い花赤い茎
蛇怨
月光の下
水郷異聞
Disc3
藤の瓔珞
恵比寿の賭博
雁
猿の話
淡山子の奇談新編
義人の姿
焦土に残る怪
机の抽斗
男の顔
追っかけて来る飛行機
老猿の復讐
悪少年記
怒
黒風
蟇の怪
水魔
椎の葉
棄轎
神を喫う
月下の宴
奇人狂人
虎妖奇談
亡者会
観音像
蛇田の話
白いシャツの群
畸人列伝
雑木林の中
六人の漁師
京城の街を歩きて
侏儒
烏の怪
祠の格子扉
女賊記
猿の群
勝海舟と行者
娘の生霊
碑文谷巷説
小柄を得た話
殺人鬼横行
丸山教祖物語
馬の怪
妓生春香物語
鎌
幸運
匪徒跳梁
針打ち
蛇性
Disc4
暗殺時代
鮭の崇
榛名湖物語
吉野山中の魔神
日金地獄
灯台鬼物語
竜を生捕った話
村の盗人
啞娘
盗賊の手荷物
草藪の中
名画の野猪
鱣(セン)の怪
電球にからまる怪異
鶏物語
円朝の牡丹灯籠
皿屋敷
人のいない飛行機
二通の書翰
異説切支丹屋敷
餅を喫う
赤い土の壺
我が身の素性を探りに
長崎の電話
春心
四谷怪談
転び往く石
通魔
人犬記
山の怪
真紅な帆の帆前船
狐妖
盲人突きの話
幻術
炭取り
船の上
山姑の怪
怨霊
翡翠
魚津物語
田中貢太郎(たなか・こうたろう)
日本の作家。高知県出身。号は桃葉。『田岡嶺雲・幸徳秋水・奥宮健之追懐録』が出世作となる。「中央公論」の「説苑(ぜいえん)」欄に実録,情話,怪異譚を書き、井伏鱒二・尾崎士郎らと随筆誌『博浪抄』を創刊。著作は伝記物、紀行文、随想集、情話物、怪談・奇談など多岐に渡る。代表作『旋風時代』では明治維新の顕官の情痴の生活を奔放に描いて独自の境地を開いた。1940年菊池寛賞受賞。『怪談青灯集』など怪談物も書き,『聊斎志異 (りょうさいしい) 』の翻訳もある。
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